2020年から世界的に流行している新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、感染者の多くが無症状であり、感染した自覚のない者が移動・接触することで感染が拡大します。COVID-19は高齢者や基礎疾患を有する者で重症化リスクが高く、医療機関の患者や介護事業所などの利用者はハイリスク群になる一方、これらの場所で対人接触を減らすことは困難です。そこで、一般人口の人流を抑制していくことが、COVID-19の対策として重要です。

 心の健康ユニットは、202010月に設立された「東京感染症対策センター(東京iCDC)」に「疫学・公衆衛生チーム」として参画し、東京都の人流データの分析を行っています。同じ疫学・公衆衛生チームの西浦博先生(京都大学大学院医学系研究科環境衛生学分野 教授)や、空間統計の専門家である柴崎亮介先生(東京大学空間情報科学研究センター教授)にご助言・ご指導をいただきながら、分析を進めています。ここで扱う人流データとは、スマートフォンのGPSデータから匿名化された位置情報をもとに、主要な繁華街のエリアに滞留し、かつ、そのエリアが移動パターンから自宅でも職場でもないとされる人の数を時間帯別に推定したものです。夜間の繁華街の滞留人口が、緊急事態宣言など施策の前後でどのように推移しているか、定期的にモニタリングを行っています。

人流の中でもとりわけ、夜間の繁華街の滞留人口に着目しているのは、これまでの研究で飲食店滞在(会食)が感染リスクの高い行動として明らかになっているからです。Chang et al (2020) は、米国のスマートフォンのGPSデータをもとに、シカゴ都市部における様々な施設の人口密度や滞在時間を算出し、それらの施設が閉鎖から再開された場合の感染者数の推計を行いました。彼らの研究によれば、「フルサービスの飲食店」がもっともリスクが高く(図1)、再開した場合に596千人の感染者が発生すると予測されました。

 図1 施設の種類別、再開時に追加で発生する感染者数の推計

 Chang et al. Mobility network models of COVID-19 explain inequities and inform reopening. Nature, doi: 10.1038/s41586-020-2923-3

 

 また、人々の外出や移動はあるレベルまで減少すると、自粛要請が出ている期間であっても増加に転じ、元の水準に回帰していく性質があります。 Bourassa et al (2021) は、米国の複数の州でスマートフォンのGPSデータをもとに、ステイホームの要請が始まった前後(図2)、終わった前後(図3)での人々の移動行動の変化を検証しています。米国では2020年3月のステイホームの要請が始まる前から、一日の移動距離の合計は減少し始め、自宅から半径1マイル以内に留まる割合が増加していました。しかし、これらの指標は4月中旬にいったん底をうつと、ステイホームの要請が終わる前から増加に転じています。

 この研究結果から、人々の移動の抑制はステイホームの要請によって促される一方で、その減少した状態を維持するためには現状の施策だけでは不十分であることが示唆されます。私たち心の健康ユニットでは、こうした先行研究の知見をふまえ、都民の適切な行動変容を支持する施策のあり方についても、継続して検討を行っています。

図2 ステイホームの要請が始まった前後の移動に関する行動変容

上:一日の移動距離の割合,7日間移動平均,20203月第1週が基準
下:一日の移動範囲が自宅から半径1マイル以内に留まった割合,7日間移動平均,2020年3月第1週が基準線の色はステイホーム要請の開始時期
青:2020年3月19-25日、黄:3月26-31日、赤:4月1日以降、黒:ステイホーム要請をしなかった州
Bourassa et al. State-level stay-at-home orders and objectively measured movement in the United States during the COVID-19. Psychosomatic Medicine, doi: 10.1097/PSY.0000000000000905

図3 ステイホームの要請が終わった前後の移動に関する行動変容

上:一日の移動距離の割合,7日間移動平均,2020年4月第1週が基準
下:一日の移動範囲が自宅から半径1マイル以内に留まった割合,7日間移動平均,2020年4月第1週が基準
線の色はステイホーム要請の終了時期を表す。青:2020年5月7日より後、黄:5月1-7日、赤:5月1日より前、黒:ステイホーム要請をしなかった州
Bourassa et al. State-level stay-at-home orders and objectively measured movement in the United States during the COVID-19. Psychosomatic Medicine, doi: 10.1097/PSY.0000000000000905