世界の成人の4人に1人が何らかの精神疾患を経験しており、個人の人生のみならず、社会全体にも大きな影響を与えていることが明らかになっています。精神疾患の背景には、これまでの人生で受けた傷つき体験・トラウマの影響があると言われています。人とのつながりの中でトラウマを受けた精神疾患の当事者は、人を信頼し、人に助けを求めることが難しくなってしまいます。

メンタルヘルスケアの領域では、これまで生きてきた中で受けたトラウマの影響を熟知し、理解した上でのケア(トラウマ・インフォームドケア)が注目されています.また、精神疾患からの回復には、症状軽減だけでなく、人としての回復(パーソナル・リカバリー)を後押しすることが欠かせません。これらを実現するケアを進めるためには、精神疾患を経験した当事者が、サービス提供者とともにケアのあり方を考え、新たなケアを創っていく共同創造(コ・プロダクション)が必要となります。

心の健康ユニットでは、共同創造によるケアの開発と普及を目指し、精神疾患を持つ当事者の方との共同研究を進めると同時に、当事者の方が研究やサービス立案に参画できるプラットフォームづくりを進めています。

共同創造による研究成果

重度精神疾患を有する当事者は、それらの疾患をもたない人と比べて身体的健康の水準が低く、結果として10年以上も寿命が短くなることが分かっています。身体的健康の維持や向上を目的として、運動療法や生活習慣の改善を目指した介入プログラムが開発されてきました。しかし、これらのプログラムの成否には、当事者の自律性が大きく関わっています。つまり誰かから強制されるのではなく、当事者の自発的な取組みとして、行われることが重要です。

iphYsという国際ワーキンググループは、重度精神疾患の当事者における身体的健康を推進するべく、HeAL宣言を行いました。東京都医学総合研究所心の健康プロジェクト(現・社会健康医学研究センター心の健康ユニット)では、このHeAL宣言に賛同するものとしてHeAL Japan2014年に発足し、2015-2016年にかけて当事者のワークショップなどを開催してきました。

本研究では、HeAL Japanの活動を通じて収集したナラティブ・データの内容分析を行い、身体的健康の推進を阻害する要因を探索しました。入院や外来精神科医療での経験が、当事者の自律を阻害している実態が明らかになりました。当事者の身体的健康を推進するうえでは、治療過程で自律を損なわない、エンパワーメントを可能にする構造の構築が求められます。構造の一例として、精神科急性期医療の初期から当事者の権利擁護を担うピア・ワーカーの導入や、精神科医療から一般身体科への紹介を促す報酬等の制度などが提案されました。

<論文タイトル>Inhibited autonomy for promoting physical health: qualitative analysis of narratives from persons living with severe mental illness
<著者>Nakanishi M, Tanaka S, Kurokawa G, Ando S, Yamasaki S, Fukuda M, Takahashi K, Kojima T, Nishida A.
<掲載学術誌>BJPsych Open2020110日オンライン掲載)
DOIhttps://doi.org/10.1192/bjo.2018.77