浅田 次郎 Jiro Asada
小説家
どうか思春期の子供らに、豊かな物語を食べさせてあげて下さい。
幼いころに生家が破産し、家族は離散しました。父母はそれぞれ新しい所帯を持ったので、私はどちらに身を寄せることもできず、自分で自分を養って成長しました。顧みて、まったく信じがたい話しですが。
私を育ててくれたのは「文学」でした。もし詩や小説に出会っていなければ、私は大人になる前にこの世から姿を消しているか、さもなくば獣のような人生を送っていたと思います。本を食べて生きてきたという実感があるので、今でも読書感想といえば文学的価値でも面白さでもなく、「うまい」か「まずい」かなのです。
父母の名を問われるととまどいます。私の父母は実在の人ではなく、「文学」だからです。父から教示された小説があり、母が読み聞かせてくれた物語があったなら、もう少しましな作品を書いていたろうと悔やまれます。
どうか思春期の子供らに、豊かな物語を食べさせてあげて下さい。
(2013年4月)
Profile
1995年『地下鉄に乗って』で吉川英治文学新人賞、97年『鉄道員』で直木賞、2000年『壬生義士伝』で柴田錬三郎賞、『お腹召しませ』で06年中央公論文芸賞、07年司馬遼太郎賞を受賞。08年には『中原の虹』で吉川英治文学賞、10年には『終わらざる夏』で毎日出版文化賞を受賞。数々の文学賞に輝いている。2011年5月からは、日本ペンクラブの会長を務めている。