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笠井 清登 Kiyoto Kasai

東京大学大学院医学系研究科精神医学・教授

成人になるみなさまへ

2012年にスタートした東京ティーンコホートですが、本年で10年となります。10歳のときにはじめて参加してくださったみなさまも、とうとう成人を迎えますね。10歳のとき、みなさまは、大人になったらどういう仕事につきたい、とか、はっきりとしたイメージがありましたか?また、その頃抱いていた夢を覚えていますか?覚えていなくて当たり前だと思います。もし具体的なイメージがあったとしても、10年経ってみて、どうでしょう?全く違う道に進んでいる人も多いのではないでしょうか?

2012年といえば、東日本大震災の翌年でしたが、当時、日本全体で防災が叫ばれましたね。しかし、今回の新型コロナウイルス感染症の流行のような事態を予想していた人はいたでしょうか?正直なところ、世界中のだれ一人として予想していなかったのではないでしょうか。これを書いている私も、精神科医として、東日本大震災後のこころのケア活動に長期的にかかわってきましたが、COVID-19のような災害は全く想定できていませんでした。

このように、10年経つと世界は想像できないものに変わってしまいます。その時代に社会で求められる力や価値観も、10年経つと変わってしまいます。そうなると、親や教育者は、自分たちが自分たちの時代にうまくいった価値観を、子どもたちに押し付けてよいでしょうか?子どもたちが成人したときには、もう役に立たなくなるかもしれません。一方で、このような変動の激しい時代においても、変わらず人として10代に育んだ方がよい大切なこともあるはずです。

私は現在50歳です。10歳の頃は自他ともに認める暗い子どもでした。10代も明るく過ごしたとは言い難いですが、それ以外、以上にやりようがなかったと今でも言えるくらい、人はどう生きているのか、自分はどう生きればよいのか、を考えていました。そのことがこれまでとこれからの自分を創っているように感じます。

何が変わり、何が変わらないのか。東京という世界的な大都市で10代を暮らしたみなさまのご協力により得られたかけがえのない知恵が、みなさまの次の世代の子どもたちが学校で学ぶ内容や、これから都市化や高齢化が進む世界中の国の若い人たちが幸せに暮らすために役に立っていくことと思います。もちろんみなさま自身がこれからの多難な時代に人として生きる喜びを見出していけることのお役にも立てることを願って、これからもこの研究をみなさまと一緒に長く続けていきたいと思います。

(2022年4月)

Profile

1995年に東京大学医学部を卒業後、東京大学医学部附属病院や国立精神神経センターなどで精神科臨床のトレーニングを積む。2000年~2002年にハーバード大学医学部精神科にて精神疾患のMRI研究に従事。帰国後、再び東京大学医学部附属病院精神神経科で臨床、教育、研究に従事、2008年から現職。2003年に日本生物学的精神医学会学術賞、2008年に日本神経科学学会奨励賞を受賞。