菊水 健史 Takefumi Kikusui
麻布大学獣医学部教授
私は鹿児島の田舎で生まれ育ちました。小さいときは川で魚を釣り、森で鳥を捕まえ、自然の中で生きていくことを自然に身に着けた、いわゆる野生児でした。自分が自然の一部であり、命がつながっていることは、荘厳な自然の前で刷り込まれていったと思います。生命の持つ魅力や動植物の共生の成り立ち、そんな漠然とした興味に惹かれて、獣医学の門をくぐりました。その後、行動や脳の働きを知ること、それも社会的な能力、協力や共生、という集団の成り立ちの研究を進めてきました。
人生の中での貴重な経験といえば、イヌと出会ったことです。イヌとのふれあいは小学生のときからあったのですが、実際に家の中でスタンダードプードルを飼ってみると、これは異次元の楽しみでした。イヌは不思議な動物です。不思議、というのは、謎という意味よりむしろ、分かりそうで分からない、という意味です。ホモサピエンスの誕生がいまから20万年前だとすれば、イヌとの共生が(諸説あるものの)、5万年程度とすれば、ヒトの歴史の1/4をイヌとともに過ごしてきたことになります。これまで深い関係になったヒトとイヌ。最近のTTCとの共同研究でもその互恵的関係の成果が見出すことができました。イヌを飼育しているご家庭のお子さんでは、心的スコアが高くなっていたのです。イヌと一緒にいること、それは言葉は通じませんが、進化の過程で培ってきた心の繋がりを生み、難しい時を過ごす子どもたちによい影響を与えたのかもしれません。それは5万年におよぶ共生の賜物といえるでしょう。
現代のお子さんたちは、人工物に囲まれ、電子機器やネット情報に覆いかぶされています。本来の人間の進化過程で過ごしてきた環境とはまったく異なる世界。その中で、まだまだ壊れやすい子どもたちはどのように生き抜いていくのか。多くの課題があるように思います。イヌと過ごすというのは、都会でもできるヒトがイヌとの共生のなかで過ごすことで得てきたヒトらしい生活の一部を補えるのかもしれません。このような研究が発展することで、ヒトらしさ、とはという視点で新しい社会への提案ができればと思っています。
(2020年6月)
Profile
1970年鹿児島生まれ。1994 東京大学獣医学科卒を卒業。三共(現第一三共)神経科学研究所研究員、東京大学農学生命科学研究科(動物行動学研究室)助手を経て麻布大学獣医学部に。博士(獣医学、東京大学1999年)。小さいときから動物好きで、長年スタンダードプードルと生活。長谷川寿一先生、眞理子先生のところのキクマル、コギク、マギーの育ての親。