熊谷 晋一郎 Shinichirou Kumagai
小児科医・東京大学先端科学研究センター准教授
みんなでつくる思春期の航路図
人生を一冊の物語にたとえるとしたら、思い返すと思春期は、想定外の急展開が次々に起きた一章でした。体や心の変化を持て余して、なんだか落ち着きませんし、背も視点も高くなって物事の仕組みがわかるようになるにつれ、様々な矛盾や、理不尽さに気がつくこともあります。人と自分の違いにコンプレックスを感じ、「どうせ誰も自分の気持ちを分かってくれない」と萎縮してしまうかもしれません。
かくいう私も、思春期には歩むべき道を見失いかけていました。私は、生まれつき体が不自由で、車イスで生活をしています。周りの健常な同級生たちが、スポーツや恋愛にのめり込んでいる姿があまりに眩しくて、おいてけぼりにされる惨めさと焦りを、ヒリヒリと感じていました。小さい頃には気づかなかった、障害者に対する社会の理不尽さに怒りを感じたりもしました。
でも、想像してみてください。数えきれないほどたくさんの先人たちが、この思春期といういばらの道を通ってきたということを。確かに、まったく同じ物語を生きた人は二人といません。しかし、たくさんの先行く仲間が歩んできた、星の数ほどある思春期の物語の中には、あなたの物語とも重なる共通項があるのです。その先人の足跡は、思春期の道なき道に迷わないよう、足元を照らしてくれます。
私は、同じ障害を持つ先輩から思春期の経験を聞いたときに、「私一人ではなかったんだ」と安堵し、体の力が抜けていくのを感じました。そして、未来に続く道(獣道?)が見えた気がしました。道を踏み外したかに思えた自分の航路にも、確かにそこを通ってきた先人がいたのだという発見は希望でした。確かに、先輩と私の物語には、たくさんの違いがありました。でもそれ以上に、多くの共通項があったのです。
この思春期コホート研究は、多様な思春期の物語を、人類の共有財産として集め、その共通項をみつける試みといえるでしょう。あなたの物語が、「どうせ誰もわかってくれない」と苦しんでいる誰かを、孤独から解放してくれるとしたら、なんと素晴らしいことでしょうか。あなたのかけがえのない物語を、思春期の航路図へと編み上げる壮大なプロジェクトに、ぜひご協力をお願いします。
(2017年1月)
Profile
1977年山口県生まれ。新生児仮死の後遺症で、脳性まひに。以後車いすでの生活となる。東京大学医学部医学科卒業後、千葉西病院小児科、埼玉医科大学小児心臓科での勤務、東京大学大学院医学系研究科博士課程での研究生活を経て、現職。専門は小児科学、当事者研究。主な著作に、『リハビリの夜』(単著、医学書院、2009)、『発達障害当事者研究』(共著、医学書院、2008)、『つながりの作法』(共著、NHK出版、2010)、『痛みの哲学』(共著、青土社、2013)など。