毛利 衛 Mamoru Mohri

日本科学未来館 館長

このプロジェクトは現在と将来の日本社会へ向けて、新たな施策へのイノベーションをもたらすことを期待したいと思います。

10歳の時、私は夕暮れ時夜空にツーと走る光に胸をおどらせました。世界で初めての人工衛星スプートニクです。同じ年、砕氷船宗谷が南極観測に出発し、越冬隊が送ってきたオーロラの美しさに魅せられました。その後、13歳では人類で初めて宇宙を飛行したガガーリンにあこがれ、15歳には皆既日食を見て、私は自然科学者になる道をめざしました。十代は自分の周囲に敏感であり社会との関係でその後の人生が影響されます。体の変化とともに自我の確立へ向けて心が最も不安定な時期であることは大人の誰もが自分の思春期の経験から記憶があるはずです。現在、社会全体の急激な変化により、いじめや不登校、自殺をめぐり学校教育だけでは閉じてはいけない重要な社会問題として、その対策が急務になっています。この社会的な過渡期に、学術においても従来の個別的な調査研究から、時間の追跡に加え市民を大きく取り込んだ多元的なコホート研究を本格的に始めることになりました。このプロジェクトは現在と将来の日本社会へ向けて、新たな施策へのイノベーションをもたらすことを期待したいと思います。科学研究は客観的に調査分析することが重要であり、その客観性こそが科学の本質です。しかし、今回のような長期にわたる追跡研究では、将来の日本社会がどのような人間像を求めているのか、成長した大人に何を望もうとしているのか、研究者の仮説はもとより多くの市民に議論を巻き起こすように仕組むことも、研究者の社会的責任として必要になってくるかと思います。これからの社会を対象としたビッグプロジェクト科学研究は、研究者の単なる一方的な調査研究ではなく、市民と科学者との良い関係を構築することで、科学研究が市民生活に必須であり、具体的に役立つことをわかりやすく浸透してもらえればいいなと期待しています。

(2012年9月)

Profile

1985年北大助教授から日本人初の宇宙飛行士の一人に選抜され、1992年スペースシャトルにてアジア初の科学者として43の日米協力宇宙実験を成功させた。その後潜水艇しんかい6500にて深海実験や南極からの極地授業で世界中の若者に科学者としての夢を与えている。