3.終末期における認知症の人と家族へのケア:ケアの質を高めるための取り組み
【演者紹介】
マーシャル・アーカンド先生は、カナダのシャーブルック大学で家庭医学分野の教授を務められてきました。臨床実践を長く続け、高齢者のケアに携わられてきました。もう1つの役割として、他の医師やその他のケアに携わる方の教育をしてきました。2003年にはカナダのアルツハイマー病協会から助成を受け、認知症の人の家族に対する調査を行っています。その結果をふまえ、家族や従事者に必要となる情報をまとめたガイドブックを開発しました。このガイドブックはカナダ以外でも、いろいろな国に翻訳されています。講演では、終末期のケアと家族支援のあり方について、ご紹介いただきました。
【講演の主要なメッセージ】
- 認知症が進んだ人の生活における快適さを大事にする
- ご本人の快適さの観点から、いくつかの医療的介入は、慎重に考えるべきである
- ご本人の意思表示が難しくなったとき、家族と専門職にできること
- 意思決定に必要な情報を家族に提供して、終末期ケアの質、満足度を高める
【講演の抄録】
1)認知症が進んだ人の生活における快適さを大事にする
非常に症状の重い、高度認知症の方の終末期ケアでは、ご本人の快適さを大事にしたケアが重要になっていきます。私自身は、緩和ケアと言うと認知症の人の家族がどうしてもがんを連想してしまうので、「コンフォートケア(comfort care, 快適なケア)」という言い方を好んで使います。
高度認知症の状態で、終末期になると、肺炎などの感染症が繰り返し起こります。その肺炎とも関連しますが、終末期にはまた、経管栄養などの栄養補給の問題もあります。これらは臨床に携わる医師やご本人の家族にとっては非常に難しい問題です。例えば認知症の人が肺炎にかかり、ご本人は特段の延命の希望はしていなかったとき、肺炎の治療として抗生物質、抗菌剤を使うかどうか? (口から食事を摂れない状態が)慢性的で不可逆的な状態で、栄養が足りていないとき、経管栄養などの人工的な栄養・水分の補給を行うかどうか? ご本人のケアの目標が、延命ではなく、快適さを求めているとき、そのような処置は行うべきなのでしょうか。
私は、自分が臨床の医師として意思決定するときは、次の四原則に従って考えます。
- 1 サイエンス:
- 科学的に分かっていること。例えば、認知症の人の終末期で肺炎に抗生剤を使うとどうなるか。経管栄養を用いることは、ご本人にとって有益なのか、無益なのか。
- 2 専門家のコンセンサス(合意):
- 認知症ケアの分野では、残念ながら、私たちの指針となる臨床試験が多くはありません。科学的に分かっていないことについては、ヴァン・ディ・スティーン先生が話されていた欧州緩和ケア学会の白書のような、専門家のコンセンサスを頼りにすることになります。
- 3 倫理的な配慮:
- 倫理面に対する考え方は、過去と現在とで、変わってきています。ひとつの道徳的な考え方が、全ての人に当てはまるのではなく、それぞれの人個別に考えていかなくてはなりません。ある治療が、この人の人生の今この時期において、果たして適切なのかどうか。
- 4 その人個別のケアの目標:
- ご本人が事前に示していた内容や、家族と話をする中で、知ることができます。命を長らえることが大事で、そのためには少しぐらい不快なこと、快適ではないことがあっても受け入れるという考え方なのか。あるいは、快適であることが大事で、それを損なうのであれば、あまり延命は望まないという考え方か。そして、快適さだけが大事で、延命のための処置を全く望まないという考え方もあります。カナダでは、高度の認知症の状態を恐ろしい、嫌だと考えている人も多く、快適さだけを考慮して延命は望まないという考えが多数です。
2)ご本人の快適さの観点から、いくつかの医療的介入は、慎重に考えるべきである
2013年に私たち(※ヴァン・ディ・スティーン、中西を含む)は一緒に、コンフォートケアについての論文を発表しました(Arcand et al., Int J Palliat Nurs 2013)。この論文は2016年の国際アルツハイマー病協会の年報(World Alzheimer Report 2016)に取り上げられています。その年報では、コンフォートケアの15の原則について、書かれています。特に議論の多い点をお話します。
まず水分補給と経管栄養。認知症が重度に進んだ段階では、延命のみを目的とした経管栄養は、推奨されません。米国のアルツハイマー病協会なども同じ見解です。皮下で水分補給をする点滴は、一部の症例で役に立つこともありますが、ご本人の不快感を増す場合があります。例えば、器官からの免疫分泌物が増量する、ペインフリーの昏睡状態に入れない。また、点滴の実施が終末期の長期化につながることがあります。嚥下困難な状態が不可逆的なものである場合、人工栄養や人工の水分補給を開始しない、あるいは中止することも、受け入れられる選択肢と考えられます。オランダの観察研究で、水分補給や経管栄養を中止あるいは開始しなかった症例は、実施した症例と比べて不快感は改善しないことが分かりました。ただ、適切な口腔ケアを定期的に、規則的に行うことは、一般的に必要なことだとされています。
終末期の肺炎に対する抗生物質の使用も、延命を目指さないコンフォートケアを選択した場合は、行わない。治療はあくまで、症状のコントロールを目指すことになります。仮に抗生物質を用いた治療が行われるとしても、あくまでも目指すべきは症状のコントロールです。ヴァン・ディ・スティーン先生らの研究(van der Steen et al., Scand J Infect Dis 2009)で示されているように、肺炎自体がかなりの不快感をご本人にもたらすので、不快感を取り除くために抗生物質を使うことになります。
オピオイド(麻薬性鎮痛薬)は、しばしば、他の鎮静剤と併用して用いられています。疼痛を緩和することの他に、呼吸困難があるときに処方されることも多いです。日本(の公的医療保険)では、がん性疼痛にしかオピオイドの適用がないと聞いています。私たちとはかなりオピオイドの使い方が違うという印象をもちました。
心肺蘇生は、高度認知症の方には有害な影響のみで、成功する可能性が非常に低いとされ、実施は推奨されていません。病院への搬送は、あくまでも、今いる所では快適さを提供するための技術的な手法がない場合にのみ行う、例外とするべきです。例外とは、たとえば大腿骨骨折があり、骨折した部分を安定化させる措置をする、といった場合です。
これらの原則がコンフォートケアです。聞く人の中には、患者さんを見捨てている、諦めているのではないかと思った方もいるかもしれません。少し見方を変えてみましょう。これはローテック・ハイタッチ(Low-Tech High-Touch, 高度な技術を使わず人による接触が豊富なケア)なケアのやり方だと言えます。ローテックであることは、症状のコントロールに集中し、ご本人の口渇感や喉の渇きを予防するために口腔ケアを欠かさないことにつながります。栄養補給でもコンフォートケアで対応する。ご本人が食べられる、消化できるタイプの食事を、その場に必ず人が付き添って、提供する。こうして人としての尊厳を守ることに非常に注力する。加えて、ヴァン・ディ・スティーン先生が話していた通り、不快感の評価を密に行います。ハイタッチであることは、家族ができることを多く取り入れられることが特徴です。例えばご本人の痛いところをやさしくマッサージする、ご本人が昔から好きだった音楽を流す。
3)ご本人の意思表示が難しくなったとき、家族と専門職にできること
もはやご本人が意思決定に参加できない状態になった段階では、医師と家族で意思決定のプロセスを進めることになります。それを行うには最初に、医師の側が、十分に準備ができている必要があるます。医師が、通常の、経腸栄養などの医療についてきちんと分かっていて、かつ、コンフォートケアを理解していることです。もちろん医師だけでなく、他のケアスタッフも、(高度認知症の状態では)どういうことが起きる可能性があるのか、コンフォートケアの基本的な考え方を、理解している必要があります。家族の側は、今後どういうことがあり得るのか、十分に教育啓発を受けることが重要です。
医師と家族、両者の間に願わくば、積極的かつ生産的なやりとりがあることが望ましいわけです。それがあってこそ、ご本人の希望をきちんと尊重する意思決定ができる。また、家族のケアに対する満足度、意思決定プロセスに対する満足度も高まります。
私たちが最初に行った研究では、コンフォートケアか延命治療か、選択に影響を与える因子を調査しました(Caron et al., J Applied Gerontol 2005)。ほとんどの家族は医師と共同で意思決定に向かっていたのですが、家族によっては、さまざまな考え方がありました。例えば、あるご本人の息子が、医師はよく分かっているはずだからもう任せたい、委任したいという意見をもっていた。逆に、ある家族は、自分たちが一番本人のことを分かっているのだから、自分たちで決めたいと考えていた。もちろん、提案されている治療の内容によっても、家族の選択は変わります。外科的な処置であれば、それは本人とって大変そうだからやめる。経口で抗生剤を飲むことであれば、受け入れる。ですから、どのくらい侵襲性のある治療かで、家族の選択は変わります。
そして家族の選択は、その家族のもつ文脈、家族の中での結びつきの強さ、あるいは衝突の有無によっても、変わります。例えば、ある女性が認知症で、介護施設へ入居することになった。その人に子どもがいて、子どもはそうしたくなかった気持ちがある場合と、その人に近しい家族はいなくて、遠方に住んでいてつながりもあまりなかった甥が施設に来て意思決定をする場合とでは、全く異なります。
家族と医療チームの関係も重要です。医師を始め、医療チームを、その家族がどれくらい信頼しているかが選択に影響します。これからの対応のアプローチについて両者で話し合う、あるいは医療チームから提案するときも、家族から医療チームへの信頼がなければ提案を受け入れることは難しいでしょう。その場合、セカンド・オピニオンを求めたり、状況によっては担当の医師を代えることが望ましい場合もあります。
4)意思決定に必要な情報を家族に提供して、終末期ケアの質、満足度を高める
私たちが認知症の人の家族に聞き取り調査をして分かったことは、家族は往々にして、コンフォートケアという選択肢があることを知らないことでした(Caron et al., Dementia 2005)。情報が提供されていないわけです。そこで私たちは、コンフォートケアに関するガイドブックを作り、家族に情報を知らせようと考えました。ガイドブックの内容は、次の通りです。
- 1 疾患の自然な進行:
- 認知症がどのような自然経過を辿るのか。
- 2 治療の選択肢についての情報:
- コンフォートケアだけではなく、他の治療の選択肢についても述べています。
- 3 コンフォートケアがしばしば最良の選択となる:
- とくに認知症が高度に進んでいるほど、コンフォートケアの意味は非常に大きいことが多いです。
- 4 コンフォートケアを選んだときも罪悪感をもつ必要はない
- 5 ご本人の価値観、信条を尊重する:
- (コンフォートケアであってもなくても)選択にあたっては、価値観、考え方、信条を尊重することが重要です。
このガイドブックはカナダ(※英語、フランス語)だけでなく、他の言語にも翻訳され、オランダ(※ヴァン・ディ・ステーンが翻訳)、イタリア、日本(※中西が翻訳)にも採用されています。その後、このガイドブックがご家族にとり、どれくらい受け入れられるものか、私たちはカナダ・オランダ・イタリアの3か国で調査を行いました(van der Steen et al., J Am Med Dic Assoc 2012)。終末期の状態にある認知症の人の家族を対象に調べたところ、ガイドブックに載っている情報は、非常にバランスが取れていて、いろいろなことが取り上げられているという意見でした。家族の意見には文化的な違いがあるだろうという指摘もあります。しかし、認知症の人がナーシングホームにいる場合に、このガイドブックが役に立つかどうか質問したところ、家族の93-96%がどこかの時点でガイドブックの情報が役に立つと回答いただいたので、私たちも非常に力づけられました。
異なる文化間の類似、あるいは相違については、日本の場合を考えてみたいと思います。日本の医療介護従事者にガイドブックを見てもらったところ、他国ほどには受け入れやすくはないという意見でした(Arcand et al., Int J Palliat Nurs 2013)。ただ、コンフォートケアというアプローチを受け入れること自体は、日本でも可能性はあるという話でした。例えば、水分や栄養の補給、感染症に際しての抗生物質の使用に対し、ご本人のケアの目標がコンフォートケアであるときは、中止や差し控えをする可能性がある。しかし、そうしたアプローチは日本では一般的ではなく、実施するには多くの条件が揃っていることが必要で、まずご本人や家族から(よっぽど)特段の要望がなければならないでしょう、ということです。
このガイドブックが、欧米のいろいろな人に受け入れられたのは嬉しいことです。さらにWHOでも、このガイドブックは、高齢者のための緩和ケアのより良い実践の一つの例として、取り上げられました(WHO Regional Office for Europe 2011)。では、こうして受け入れられたとして、果たして臨床で効果があるかどうか。効果の実証は、受け入れとは別の問題として行わなければなりません。ガイドブックを出しただけで、より広い介入法の一環に位置づけず放置したのでは、正しい導入の仕方とは言えません。 そこで、まず介入法の多面的な検討を行いました。2か所のナーシングホームで5つの構成要素から成り立つ介入を行い、通常のケアを行う他の2か所のナーシングホームと、アウトカムを比較しました(Verreault et al., Palliat Med 2018)。
- 1 教育研修:
- 医師は3時間、看護師は7時間、看護助手は3.5時間の研修を受ける
- 2 疼痛のモニタリング:
- 他者が観察に基づき、痛みの程度を評価する尺度を使用
- 3 口腔ケア:
- 規則的に、決まった手順で実施
- 4 早期から体系的な家族との対話:
- 終末期ケアについてコミュニケーションをとる
- 5 ファシリテーターの看護師:
- 経験豊富で、ガイドブックの内容を熟知した看護師が、ファシリテーターとして介入の実施とモニタリングにあたる。介入の一番大事なポイント
この研究における主なアウトカムはケアの質の向上で、二つの指標で測りました。ひとつはケアに対する家族の満足度、もうひとつはご本人の最期の数日間での快適さです。家族の満足度はカナダでよく用いられている、ケアに対する認識を測る尺度(FPCS, Family Perception of Care Scale)で評価しました。最期の数日間における快適さは、認知症の終末期ケアの質を測る尺度EOLD(End-of-Life in Dementia scale)のCAD-EOLD(最期の7日間の快適さ)で評価しました。
介入の結果、ケアに対する家族の満足度が向上し、ご本人の最期の数日間における快適さも向上しました。さらに、安らかな・穏やかな死を迎えられたかについても、通常のケアをしたナーシングホームではそうだと回答した家族が55%に対し、介入を行ったナーシングホームでは家族の71%であり、向上していました。これらの効果が出る最も重要な鍵は、十分な訓練を受けてファシリテーターを担った看護師の存在でした。
私は何も、コンフォートケアを教義的に申し上げるつもりはなく、文化、あるいはその場面場面で、違うこともあると思います。ただ、高度の認知症とは終末期の状態であり、その文脈において、コンフォートケアは(ご本人のニーズに)よく当てはまると考えます。コンフォートケアの方法についてまとめた論文を2本執筆しました(Arcand, Can Fam Physician 2015a; 2005b)。ご関心のある方はご覧ください。