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[無題]

第22回 都医学研国際シンポジウム

[無題]

5.認知症にやさしい病院:一般急性期病院における質の高い認知症ケアに向けての国家戦略

【演者紹介】

小川朝生先生は、国立がん研究センター東病院の精神腫瘍科長で、同センターの先端医療開発センターで精神腫瘍学開発分野長も併任されています。また、認知症の人の意思決定支援ガイドラインを策定する国の委員会で、委員を務めていらっしゃいます。近年は、せん妄を管理するための、教育介入プログラムの効果を検証する多施設診療試験を行っています。講演では、一般急性期病院における認知症ケアの課題について、ご講演いただきました。

【講演の主要なメッセージ】

  1. 急性期医療が、認知症ケアのための場所ではないために、見落とされていること
  2. 認知症がある可能性を前提に、アセスメント・ケアの流れを組み立てる
  3. 一般スタッフの基本的なケアと、多職種チームの専門的なケアの、二層構造
  4. 身体拘束の不利益と、医療安全との、バランスについて社会の合意形成が必要

【講演の抄録】

1)急性期医療が、認知症ケアのための場所ではないために、見落とされていること

日本の一般病院は、急性期医療では、患者さんと看護師の配置状況が7対1、10対1というところが主です。急性期の入院患者さんの約2割が認知症をもつと推定されます。急性期で認知症を持っていることは、医療にいろいろな影響を及ぼします。一般には、認知症ケアというと、行動・心理症状のイメージが強いですが、身体面の治療がうまくいかないという問題が一番にあります。ルート抜去、あるいは転倒の起こるリスクが、認知症の人では(認知症がない人と比べて)大体3倍に上がる、と言われています。

そして、認知症の人は痛みや苦痛を周りにうまく伝えられない。そのため、スタッフは身体症状の変化に気づくのが遅れてしまいます。その結果、退院時に、ご本人の身体機能が落ちてしまうリスクも認知症では5、6倍になると言われています。精神機能への影響としては、せん妄の発症があります。急性期に入院する認知症の人の、大体7割が、せん妄を併発します。その結果、認知症が進行してしまい、患者さんのみならず、ご家族・医療者・病院もその影響を受けます(Sampson et al., Br J Psychiatry 2009; Alzheimer Society 2009)。

このように多様な影響があるけれども、今まであまり注目されてこなかった。それは、急性期の病院にとって、認知症のケアはいわゆる主役ではないからです。認知症の人は基本的には地域で過ごしていて、病院に入るのは一時的に、体の調子を崩したときです。そして、急性期病院は治療期間が短く限られている。地域のケアが病院へとつながらない。地域でケアをする人と病院でケアをする人は異なり、情報の断絶が起こります。このことが、認知症のケアと身体のケアの両面で問題として出てきます。

私たちは、急性期病院で働くコンサルテーション精神科医のフォーカスグループ・インタビュー調査を行い、急性期病院における認知症ケアの課題をまとめました。痛みの対策が不十分であること、せん妄に関して従事者の認識が低いことが挙げられました。認知症ケアも残念ながらほとんど知られていません。その結果、不適切なケアが提供されてしまい、せん妄が悪化して、認知症も増悪してしまう。身体機能も落ちて、在宅に戻れなくなるということが起きがちです。

このようなことが少しずつ、日本でも認識されるようになり、2015年の「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」で提唱された施策の7つの柱のうち1つ、「②医療・介護等」で、急性期の認知症ケアの問題が取り上げられています。海外では、2000年代から急性期医療での認知症ケアが既に議論されていたのですが(Arora et al., J Am Geriatr Soc 2007)、日本では今ようやく、その教育の在り方や実際のケアがどのように提供されるべきかについて、議論が始まった段階です。

2)認知症がある可能性を前提に、アセスメント・ケアの流れを組み立てる

私たちは厚生労働省の支援を受けた研究班で、この7・8年、急性期医療における認知症ケアを、どのように柱を立てていくか、考えて進めてきております。急性期病院は、在宅や施設の認知症ケアと違って、期間が短い、身体の治療を受けているという大きな制約があります。その制約の中で行える、ケアのプログラムなり目標を立てる必要があります。私たちは、文献検索と、日本の病院内の精神科医、老年専門医の先生がたの支援を受け、①入院中に身体機能を落とさないようにする、②せん妄を予防する、③再入院を防ぐ、と大きく3つの柱でプログラムをまとめました。

そして先ほどの課題を受けて、特に対策を進めるべきと考える項目を挙げました。最初に挙がるのが、認知機能のスクリーニングです。日本ではまだ、地域で認知症の診断が少ないこともあり、入院した時点で認知症に気づかれることもよくあります。そのため、入院と同時に認知症の診断を受け、治療に関する意思決定を迫られるという、かなり忙しい現状があります。

次に、先ほど中西先生の講演であったように、認知症のケアは追加オプション、負担になる、というのが一般の捉えられ方です。そのこともあり、認知症の教育をどのように進めていくのかという柱が一つ。もう一つは、認知症ケアをどのようにデリバリーするのか。この二つが同時並行で求められます。

日本の急性期病院で、入院した患者さんの身体・精神状況のアセスメントをどれぐらい実施しているか、を尋ねる調査を行いました(小川, 厚労科研報告書 2015)。特に、認知機能、精神機能の評価は実施率が低いという実情でした。どうして低いのかも調査で尋ねた結果、認知機能の評価はイメージがつかないことが大きな理由のひとつでした。目に見えないものはアセスメントしづらい、というのも、もっともなのかもしれません。

しかし、アセスメントをして予防的なケアにつなげることができないと、やはり身体の機能の低下、精神機能の低下、再入院の増加、という(目に見える)結果につながります。ただ、あらゆる忙しい治療をしている中で、認知症ケアを完全に行うのも、スタッフの労力上、厳しい現状もあります。

そこで、必要最低限の教育を行うことを目指して、幾つかポイントを絞ることにしました。具体的には、身体の機能を落とさないために、痛みのコントロールをきちんと行うことが1点目。2点目は栄養管理をしっかり行う。あわせて、精神機能に関しては、せん妄の予防と対応を考える。

せん妄の問題は、急性期病院のケアの特徴です。特に重症の患者さんを診る病院では、入院時に認知症とせん妄の区別をつけることは、現実には困難もありますが、せん妄の治療では原因の除去を中心に進めながら、認知症のアセスメントを行うことが求められます。

3)一般スタッフの基本的なケアと、多職種チームの専門的なケアの、二層構造

教育を行うだけでなく、どのように認知症ケアを急性期の病院に伝えていくか。ケアのデリバリーの方法も、システムの構築には検討が必要になります。緩和ケアのデリバリーも同じですけれども、基本的なケアとスペシャリスト(専門家)のケア、この二段階を想定しながら組むことが必要です。

特に基本的なケアに関しては、教育研修制度をいかに効果的につくるかという点。そして、専門的なケアを提供するという点では、多職種チームの育成が同時に必要と考えます。特に日本では、認知症に関する知識・技術が急性期病院で今までほとんど検討されてこなかった背景があり、認知症ケアに関しての普及、開発が急務です。

急性期病院における認知症教育は、海外でも幾つか試みがなされています(Palmer et al., J Contin Educ Nurs 2014; Smythe et al., Nurs Older People 2014; Surr et al., Int J Nurs Stud 2016)。その中で共通の課題としてあがるものが幾つかあります(Handley et al., BMJ Open 2017)。1つ目は、人手不足が深刻で、仕事が全部、負担として感じられる。そのため、認知症ケアは追加の業務としか受け取られない。ご自身の余力を超えた要求になると、実践したがらないということが現実にあります。

また、専門的なケアを提供することには両面があります。認知症ケアのチームができると、専門的なケアが提供できる一方、現場がチームに丸投げをして、逆に技術が低下する。そのため、両面の影響を注意しながら、教育を進めることが重要になります。

そこで、急性期病院で教育を担当している看護師を中心に、この問題に対応するための教育プログラムづくりを進めています。認知症ケアの専門看護師から出た意見では、院内のチームに対して、病棟から、問題行動、行動・心理症状への対応しか依頼が来ない。そして、アセスメントをしていても表面的で、具体的なその先の行動につながっていないことが指摘されました。

特に、身体拘束は、扱いが難しい点です。海外の病院では、身体拘束をする場合の手順が明文化されているのですが、日本では明文化されることが少なかったという文化的な背景があります。専門看護師は特に、身体拘束のマニュアルを作ると、マニュアルに沿えばいいと、全ての患者さんが拘束されてしまうのではないかと恐れていました。このようなこともあり、急性期の病院での認知症ケアを多職種チームで行う、ベスト・プラクティスを形成することにしました。

特にポイントは、せん妄に対する予防的なケアを行うこと。そして、疼痛コントロールを強化すること。この2点です。またアーカンド先生もご指摘くださったように、家族に対する、せん妄や認知症の教育も必要と考えています。

現実に日本の病院でこの教育を動かすために、かなり限られた資源でできるプログラムを進めています。主に看護管理者の意見を受け入れながら、大体3~4時間に収めるのが限界となりました。ステップを3つに分けています。ステップ①入院時のアセスメント、ステップ②認知症の中核症状とそのケア、ステップ③退院支援、というつくりです。内容としては、シートの使い方と認知症に関する座学を1時間行う。シートの使い方を練習するグループワーク、そしてロール・プレイ、という流れを組んでいます。

今、2施設5病棟で、予備的な検討を進めています。大体、教育の3カ月後でも、(職員への教育)効果は残存していることを確認しました。この後、実際の(患者さんの)アウトカムの変化を見ていきたいと思っています。

4)身体拘束の不利益と、医療安全との、バランスについて社会の合意形成が必要

解決すべき課題の一つとして、最後に身体拘束についても少し触れたいと思います。身体拘束は、倫理的な問題、そして身体機能の低下、精神機能の低下を招く重大な副作用がありながらも(Castle, Adm Policy Ment Health 2006; Engberg et al., Gerontologist 2008; Barnett et al., Med Sci Law 2012; Rakhmatullina et al., Psychiatr Q 2013)、医療安全上やむをえず実施されている現状があり、完全にゼロにすることは難しいのも一方の事実としてあります。そのため、現実には身体拘束の最小化が目指すラインとなり、多くの国では、認知症施策の重要課題の一つとして挙がるようになっています。

日本でも同じ現状がありますが、海外と違うのは、身体拘束に関する問題が主に介護領域でのみ取り上げられてきた。海外では、2000年頃に医療における身体拘束の問題が議論され、その反省を踏まえて、この最小化の議論が進んでいます。しかし日本では、急性期医療の領域において、この問題は取り上げられることが今まで、ほとんどありませんでした。

しかし、高齢者が増える中で、(現場は)この問題に直面してきています。私たちは、中西先生と一緒に、日本の急性期病院における身体拘束の実施状況の横断調査を行いました(Nakanishi et al., Int Psychogeriatr 2018)。認知症が疑われる入院患者さんの45%ぐらいが、何らかの身体拘束を受けていたという、非常に衝撃的な結果でした。日本では、認知症ケア加算という診療報酬上の加算があります。認知症ケア加算は、身体拘束をすると減算されるのですが、残念ながらその効果は限定的でした。あまりインセンティブは効かなかったということです。

身体拘束の背景情報を調べたところ、転倒のリスクがあるという理由で実施されている。それが半分くらいを占めている。ほとんどは転倒していないが、医療安全上の恐れから、身体拘束が実施されている。

このような行動が取られる背景には、3つほど要因があると思います。1つは、急性期病院で、まだせん妄の問題が知られていない。特に日本では、ベンゾジアゼピン系の薬剤の使用頻度が高いという特徴があります。医原性のせん妄がかなり疑われます。2つ目には、医療安全上のリスク、非常に(医療現場の)おびえが大きい。今年も日本で裁判がありましたが、転倒事故で病院が賠償責任を負わされることもあります。身体拘束の(患者さん等の)デメリット、その辺りの社会的なコンセンサスを得ることも重要かと思いました。

そして3つ目は、現場の教育。先ほどの教育プログラムでも触れたように、日本ではまだ認知症ケアが急性期病院で知られていません。そのため、せん妄や行動・心理症状に対して対応ができなくて、無力感を感じている現場もあると思います。単に拘束をするなというだけではなくて、具体的なマネジメントの方法を教育として伝えていくことも、今後の課題かと考えております。

なかなかこれ一つという結論は得られないところですが、今、日本の急性期病院で直面している課題について、ご紹介させていただきました。