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[無題]

第22回 都医学研国際シンポジウム

[無題]

4.ユニバーサルなプライマリ・ケアとしての認知症ケア:基本となる緩和ケアの東京版在宅介護プラグラム

【演者紹介】

中西三春先生は、私ども東京都医学総合研究所の「心の健康プロジェクト」で主席研究員をされています(※2019年11月時点)。心の健康プロジェクトでは、超高齢社会の心の健康づくりをテーマに、認知症の在宅ケアプログラムの開発と効果検証、そして普及に取り組んできました。本講演では、当研究所が東京都の委託を受けてスウェーデンのBPSD-registryチームと共同開発した、認知症緩和ケアの考えに基づく、東京版在宅ケアプラグラムについてご紹介いただきました。

【講演の主要なメッセージ】

  1. いつも、どこでも、当たり前に認知症の人がいる前提で、ケアの体制を構築する
  2. 在宅ケアが、認知症は病気だからと専門家に投げてしまわないための、緩和ケア
  3. 行動・心理症状の裏にある、言葉にならないニーズを、多職種チームで解き明かす
  4. 効果が科学的に証明されても、実践に必ずしも取り入れられない理由を考える

【講演の抄録】

1)いつも、どこでも、当たり前に認知症の人がいる前提で、ケアの体制を構築する

認知症は、公衆衛生における優先課題です。英国経済誌「エコノミスト」が出した計算では、2060年には日本の全人口の10%が認知症の人になる、とされています(The Economist 2016)。ケアの提供側の視点でいうと、毎日、いろいろな場面で、認知症の人と出会うわけです。ですから、専門家だけではなく、認知症ケアがどこでも普遍的にプライマリ・ケアとして提供される必要があります。

しかし、日本で認知症の人は、しばしば終末期に至るまでに居所の移動を経験しています。私たちの研究で、1996年から2016年にかけての月毎の死亡件数をみたところ、認知症または老衰が原死因の方は継続的に増えていました(Nakanishi et al., BMJ Open 2018)。病院での死亡が40%を占めています。一方、この20年の間、在宅死は増えていない。

認知症の人の居所移動が起こる要因として、在宅では認知症の緩和ケアを受けられないことが考えられます。最期の1か月間に訪問看護のターミナルケアを受けた方のうち、主たる疾患が認知症の人は3%しかいません(Nakanishi et al., Geriatr Gerontol Int 2017)。一方、特別養護老人ホーム(介護老人福祉施設)の死亡退所者では26%、介護療養型医療施設の死亡退所者では17%を認知症が占めています。また最期の1か月間に疼痛管理が行われた人は、訪問看護で認知症の人の3%に過ぎません(Nakanishi et al., J Alzheimers Dis 2016)。特別養護老人ホーム、介護療養型医療施設では、さらに低い割合です。

ひとたび認知症の人が居所を移すと、在宅へ戻る可能性は低くなることが分かっています。精神科病院から退院した患者の中で、他の精神疾患をもつ退院患者と比べて、認知症の人は自宅に戻る割合が低く、転院や施設入所が多くなっています(Nakanishi et al., J Alzheimers Dis 2017)。さらに認知症の人の20%弱がそのまま病院内で亡くなっている。病院の後のリハビリテーションと在宅復帰が目的とされる介護老人保健施設でも、認知症の人は自宅に戻る割合が低いです(Nakanishi et al., J Am Med Dir Assoc 2016)。

2)在宅ケアが、認知症は病気だからと専門家に投げてしまわないための、緩和ケア

なぜ、認知症の人では、居所移動が多くなるのでしょうか。居所移動の発端となる要因に、認知症における行動・心理症状の存在、それによる介護者の負担の高まりがあげられます。行動・心理症状は、認知症の人の8-9割に見られ、非常に一般的な症状です。ただ、行動・心理症状はご本人の訴えであり、なにか苦痛を感じている、あるいは満たされないニーズがあることの表れなのです。

かつては、行動・心理症状を抑えるために抗精神病薬が使われていましたが、認知症の人の死亡リスクを高めることが分かり、現在では心理社会的なケアによる対応が推奨されています(van der Steen et al., Palliat Med 2014; Livingston et al., Lancet 2017)。在宅介護の従事者が、心理社会的なケア、すなわち緩和ケアを知らなかったら、行動・心理症状を見て「認知症は病気だから自分たちでは対応できない」、「病気だから薬を使うべきだ」、「専門の先生に診てもらうべきだ」と考えてしまうでしょう。そこから抗精神病薬が処方されたり、精神科病院に入院となったりしてしまいます。基本的な緩和ケアが在宅にないために、認知症の人の社会的排除が起こってしまう。

従って、ケアの第一線にいる従事者が、基本的な緩和ケアのスキルを備えている必要があります。認知症の緩和ケアでは、行動・心理症状は本人のニーズを伝えているのだと考えます。行動・心理症状は氷山の一角に例えられます。氷山の海面の下にある部分がニーズで、私たちの目に見えない。従来は目に見える行動へ対処しようと、身体拘束や抗精神病薬、あるいはケアの場所を変えるといった対応が行われてきた。これからは、目に見えないニーズに対応する。ご本人にとっての不快感のもとを特定する、という考えです。

さて、心理社会的なケアとして、様々な療法が開発されてきました。活動療法、運動療法、音楽療法、マッサージ、静かな環境を提供する、などなど。しかし、どの療法も効果は限定的なものにとどまっています。それは、個別のニーズに合わせていないからです。音楽療法の例で言うと、ある人は淋しさが癒やされて反応するかもしれない。でも、ある人は痛みを感じて行動・心理症状を表わしているのだとすると、痛みは音楽療法では消えない。部屋が寒くてつらいという人にも効かない。そもそも音楽が好きではない人にも、音楽療法は向きません。

私たちは特に、在宅ケアにおけるニーズアセスメントの課題に注目しました。居宅介護サービスの利用者は、訪問介護や通所介護(デイケア)など、それぞれのサービス事業所と契約しています。ケアマネジャーは月毎のケアプランを立てます。ケアマネジャーは、サービス事業所とはまた、別の事業所(居宅介護支援事業所)にいる。ばらばらの組織からばらばらに人が来るため、携わる人たちの間で視点を揃えることが難しい。ケアに関する見解もそうですし、満たされていないニーズは何か、どのような心理社会的な介入を選択するかについても、意見を統一することが難しいのです。

3)行動・心理症状の裏にある、言葉にならないニーズを、多職種チームで解き明かす

ニーズのアセスメントから始まる認知症ケアプログラムを国内外で探してみると、介護施設でのケアプログラムが中心でした(Karlin et al., Psychol Serv 2014; Testad et al., Int Psychogeriatr 2014; Dichter et al., Int Psychogeriatr 2015; McCabe et al., Aging Ment Health 2015; Stacpoole et al., Int J Geriatr Psychiatry 2015; Oyebode and Parveen, 2019; Pieper et al., J Am Geriatr Soc 2016)。いくつか、在宅で生活する人を対象とするケアプログラムもありましたが、家族へのカウンセリングや教育訓練を提供するものでした(Phung et al., BMJ Open 2013; Koivisto et al., Int J Geriatr Psychiatry 2016)。こうした介入の、行動・心理症状に対する効果は、はっきりしていません。

そこで、東京都と私たちは共同で、認知症ケアプログラムを新たに開発しました。ねらいは在宅ケア環境で、行動・心理症状に対する心理社会的なケアを促すことです。スウェーデンで開発された「BPSD-registry」というケアプログラムが原型です。このケアプログラムには3つの構成要素があります:①従事者への研修、②研修を修了した従事者と、利用者に直接ケアを提供する従事者による多職種ケアチームでの話し合い、③情報をケアチームで共有するオンラインシステム、です。また、PDSAのサイクル(plan-do-study-act)に基づいています。一つのサイクルは4ステップで成り立ちます。

1 観察・評価:
ケアチームは、NPI評価尺度を用いて、行動・心理症状の12症状の頻度と重症度を評価する。オンラインシステムに数値を入力するとグラフが自動で作成され、従事者へ視覚的なフィードバックを提供する。
2 背景要因の分析:
ケアチームは、23項目のチェックリストで、それぞれ満たされていないニーズの有無を確認する。身体的な痛みの有無についても、アビー痛みスケールに基づいて確認する。
3 ケア計画:
第2ステップで明らかにしたニーズを満たすための、心理社会的なケアを考える。ケア計画もオンラインシステムに入力して、ケアチームの中で共有する。
4 実行:
共有したケア計画に沿って、ケアチームで統一したケアを実行する。

ケアチームは④実行の後、最初の①観察・評価に戻り、行動・心理症状の再評価を行い、前回と比べた行動・心理症状の変化を確かめます。もしNPI評価尺度の合計得点が減っていれば、ニーズの仮説とケア計画が適切だったと考え、同じケア計画を続けます。合計得点が下がらない、あるいは増えている場合、前回の仮説は違っていたとして、ニーズを見直してケア計画を立て直します。

4)効果が科学的に証明されても、実践に必ずしも取り入れられない理由を考える

私たちは、開発したケアプログラムの効果を検証するため、クラスター無作為化比較試験を行いました(Nakanishi et al., Int J Geriatr Psychiatry 2018)。試験のベースライン時点(2016年9月)で、介入群(ケアプログラムを導入)と対照群(通常ケアを実施)の間に、認知症の人の基本属性で差はありませんでした。ベースラインに差がないということは、フォローアップ時点(2017年2月)での行動・心理症状の群間差がそのまま、ケアプログラムによる影響と仮定できます。

6か月後の行動・心理症状の変化を、NPI評価尺度の合計得点で見たところ、介入群で統計的に有意な減少があり、一方の対照群では有意な変化はありませんでした。

介入群では、ケアプログラムを始めた従事者の感想の聞き取りもしています(Nakanishi et al., Aging Ment Health 2018)。次のような意見が聞けました。パーソン・センタード・ケアの考え方を(知ってはいたものの、これまで実践とつながっていなかったが)、実際に取り入れることができた。また、ニーズをアセスメントする中で、ご本人をよりよく理解することにつながった。そしてケアチームの中でケアの統一が図れた。これはオンラインシステムで行動・心理症状の状況を視覚化し、ケアチームの共有を促したことが大きいでしょう。またケアチームでの話し合いを設けることで、(今までは知らなかった)他の従事者のしている努力、工夫を知ることにつながった。これらを通じて、最終的に、ご本人に提供されるケアを統一できたということです。

試験の結果をまとめると、ケアプログラムの導入により、行動・心理症状は減少しました。ニーズに焦点を当てた研修と、オンラインシステムの組み合わせが効果をもたらしたと考えられます。継続的なPDSAサイクルによって、従事者は自分の知識を実践に転換できたと感じていました。このケアプログラムは、世界でもほぼ初めて、在宅で生活する認知症の人の行動・心理症状に対する有効な介入法を構築しました。

この成果を踏まえ、東京都はケアプログラムの介護実践への実装を決定しました。2018年度から2020年度にかけては、区市町村が従事者向けの研修を行えるよう、補助金を設けています。2025年度までに、全62区市町村にケアプログラムの普及を目標としています。

ただ、(試験から実装に移行した)2018年度は、研修を修了した従事者のうち少なからぬ人たちが、2回目のオンラインシステムの入力に到達していませんでした(Nakanishi et al., Scan J Caring Sci 2020)。このケアプログラムはPDSAサイクルに基づくものですから、2回目以降の観察・評価まで続けることが必須であるにも関わらず、です。ケアプログラムの実装には(試験とは違った)障壁があるようです。3つほどにまとめてみます。

1 はじまらない:
研修受講者が、話し合いへの参加を呼びかけても、他の従事者が参加を断ることがある。多職種ケアチームで話し合いを設けるのが難しい。
2 つながらない:
ニーズに合うケア計画がつくれない。従事者はいつもの仕事では、やらなきゃいけないこと・介護報酬の規定に縛られている(考え方を転換できない)。
3 まとまらない:
組織の中で話し合いがもてたとしても、それに参加しない(が利用者さんには関わっている)従事者が他にいると、ケア計画に沿わない、ばらばらなケアになってしまう。

研究試験が成功しても、そのまま実装が成功するわけではない。ケアプログラムの実装には、新たに乗り越えるべき課題がある、ということです。従事者の皆さんにケアプログラムを続けていただくことが、ひいては、実際の利用者さんに良いケアを届ける、生活を良くしていくことにつながります。この、ケアを届けるという重要な使命に応えていくために、実践に携わる方々と協力して、ヒントをもらいながら、いろいろな戦略を検討しているところです。